2019年12月8日日曜日

研究テーマを語る 最近の議論の振り返り

(投稿日は2019/12/8に設定しましたが、実際には2020/4/5に公開しました)

これまで5回にわたり、高速道路についての地理学の研究をまとめてきました。

その後に高速道路に関するいくつかの議論をTwitterでしてきましたので、それらの議論をまとめたいと思います。

目次

  1. 新幹線と高速道路との比較
  2. 高速道路が通過した地域
  3. 鉄道の衰退と高速道路
  4. GISでの分析





1 新幹線と高速道路との比較


2020年2月に、青森大学の櫛引先生が『新幹線は地域をどう変えるのか』という本を出版されました。
これまでに、新幹線が開通した多くの地域を観察し、住民と触れ合ってきた櫛引先生の経験が存分に盛り込まれた書籍です。

この本を読んで、「高速道路を新幹線と比較する必要があるなぁ」と感じました。


私の課題意識に通じてくる櫛引先生の課題意識、そして「ストロー効果」

「新幹線は地域をどう変えるのか」の最後の方で【ストロー効果】という言葉が "曖昧な言葉" であると言及されていました。
まさに、これは私も感じていたことで、高速道路に関する研究を見ていてもストロー効果の定義が曖昧です。
工学分野では数値的分析で"ストロー効果"という言葉がよく出てきますが、地理学ではこの言葉を使うのを避けているように思えます。

櫛引先生の本では「経済的効果に目を向けられている一方で、生活の質や福祉といった分野には関心が向いていない」という指摘がありました。
これはまさに高速道路の研究でも言えることです。農業や工業への影響といっても、統計の増減だけで、実生活にどう影響したのかは研究されてきませんでした。

単なる数値分析だけではなく "住民の生活の質" まで踏み込みつつ、 "ストロー効果" の定義から実態の分析まで必要です。


新幹線と高速道路の相乗効果、高速道路が担う経済

新幹線と高速道路との違いで一番大きいのは、
  • 新幹線は人を運ぶインフラ、乗降する場所・時間が限られるが、高速で移動できる
  • 高速道路はモノも運べるインフラ、新幹線に比べると出入りに自由が利くが、速度は新幹線ほど早くない
ここだと思います。(当たり前ですが…)

生活に必要な物資や、工業立地に必要な製造品を運搬するには高速道路が必要不可欠です。

では、高速道路だけあればいいのかと言うと、高速道路でモノを、さらに高速度で人を新幹線で運び人と人が交流することで、その地域の産業がより一層発展すると私は考えています。

高速道路と新幹線の違い、相乗効果、こんなところに着目しなくてはならないかもしれません。


新幹線新駅を身近にする努力、高速道路にも問われる地域とのかかわり方

新幹線では駅が、いわば「地域の玄関口」になります。
郊外に作られた新幹線新駅(物理的に中心地から遠い)を、心理的に地域住民に近づけようという取り組みもされています。(→日本地理学会2019秋季大会要旨集

それでは高速道路はどうでしょうか?
インターチェンジも休憩施設も「玄関口」というイメージはなく、地域が関与しづらい空間になっています。

最近は、休憩施設への外部入場口(例:NEXCO西日本のウェルカムゲート)が整備されつつありますが、"おまけ"のようなものです。
地域を支える交通インフラで、時には鉄道に変わる交通となりうる高速道路が地域住民との接点の無い施設でいいのか?、高速道路の運営に問われる課題だと思います。


投資費用・時間短縮効果と地元の熱量

櫛引先生の本を読んで、新幹線誘致と、高速道路建設の、地元の熱量の違いに驚きました。
新幹線整備は"地域の格を上げる"地域の夢であり、地域が総出となり誘致をします。

それに比べると、高速道路は粛々とネットワーク整備の計画が立てられ、トップダウンで施工されていく印象を受けます。
(もちろん、建設期成同盟といった誘致活動は行われますが…)
そして、開通式典が行われるものの、ディスティネーションキャンペーンが行われるわけでもなく、多少の地元の期待を背負いつつ、そのうち日常となっていく。

これは、
  • 新幹線に比べれば高速道路の方が建設・運営費用が安い
  • 新幹線に比べて時間短縮効果は小さい
  • 物流へのインパクトが大きいのに比べて、住民生活へのインパクトは小さい
  • 全国的にくまなく整備されていて、新幹線ほどの特別感はない
こんなところがあるからでしょうか。

新幹線の整備は、良い影響をもたらす一方で、並行在来線問題も引き起こし、地域の将来のあり方を問う良い機会となる。
高速道路は、既存の道路がなくなるわけではなく、あまり地域のあり方を問い直す機会とはなりにくいのかもしれません。
しかし、地域に与える影響はそれなりにあるので、考えなくてはならないことは間違いないと思います。

そんなところも、今後考えなくてはならないのかもしれないと思いました。




2 鉄道の衰退と高速道路


高速道路の議論は、高速道路の話だけで終焉しがちですが、鉄道・バスを含めた交通システム全体を見なければなりません。
まだまだ「高速道路は"道路"で、公共交通機関とは別物」という考え方が根強いと思います。

2.1 交通政策における高速道路、鉄道と高速道路


この議論の発端は、これです。
私が「高速道路の地域への影響を勉強しています」というと、2割くらいの確率で「高速道路ができることで地域の鉄道が衰退して廃止される、それってどうなの?」という話題になります。

現在の高速道路(高規格幹線道路)のスキームでは、有料道路として採算が取れない路線(通行料金で建設費を回収できない場合)は、税金によって道路が作られ無料の道路として開放されます。
一方で、鉄道は採算が取れようが取れまいが「運賃で維持費を賄え」が原則です。

このような状況で、高速道路と鉄道が並走すると、だいたいの場合、高速バスによって鉄道の利用客が流出して、鉄道の採算がますます取れなくなり、廃止の議論になります。


地域の交通政策を考えた際に、地域の人々の移動を保証するには、
鉄道の赤字に対してお金を出さないのであれば、いっそのこと高速道路をまちづくりの中心にするといった、大きな方向転換も必要になってくるはずです。
しかし、まちづくりの中心は依然として「鉄道」のまま。

この問題は引き続き思考を巡らせていこうと思います。


2.2 道路を活かしたまちづくりはないのか


なお、この「高速道路」と「鉄道」、そして「まちづくり・交通政策」の議論から派生して、道路交通を中心とするような、まちづくりは行われていないのかという話題にもなりました。


事例1) 木更津地域の事例

木更津地域では、東京湾アクアラインの開通により東京・新宿・横浜などへ高頻度の直通高速バスが開設されています。
その影響を受けてか人口は増加傾向。
私の知り合いにも2人ほど、アクアラインを通過する高速バスで都心へ通勤している人がいます。
「高速道路や高速バスを中心としたまちづくり」というわけではありませんが、高速バスも公共交通と同様の立ち位置になり得るという示唆を与えてくれます。




事例2) つくば・水戸の事例

高速バスが交通の中心になるとすれば、ネックは定時性です。
バスは渋滞での遅れが多々起こります。

つくば・水戸と東京駅を結ぶ高速バスは、つくばエクスプレスが開業した後も高頻度で運行されています。
鉄道があるにも関わらず、高速バスが生き残っているのは

  • 着席が保証されている
  • 値段も安い(TXの運賃が高いのは有名な話…)
  • 乗換が不要(TXは秋葉原駅で乗換が必要)
  • 家の近くにバス停がある(TXのつくば中央駅から家が遠い)
こんなユーザーが、時間が遅れてもいい、帰りに高速バスを利用しているのです。





事例3) UR大山田団地

桑名市の大山田団地は桑名駅からは少し離れた場所にありますが、高速道路に接する立地です。
この大山田団地(公団住宅前バス停)を経由して名古屋へ向かう高速バスは7時代には15本程度あります。
約40分で名古屋の名鉄バスターミナル・栄へ到着。片道1050円です。
鉄道を使うと、路線バスと関西本線の乗り継ぎで50分(ただし690円)ほどかかります。
この高速バスを利用する通学・通勤者は多いようです。




事例4) 北陸新幹線(仮称)南越駅

現在建設中の北陸新幹線ですが、福井駅と敦賀駅の中間に「(仮称)南越駅」が作られます。
「(仮称)南越駅」は在来線とは接続しない単独駅です。(仮称)南越駅から北西に山を挟んで2.5kmのところに、JR武生駅・福井鉄道越前武生駅があります。
この「(仮称)南越駅」は北陸自動車道武生ICのそば600mに建設され、道の駅も併設されます。また、周辺には開発拠点施設なども作られる予定。
北陸新幹線によって完全にスルーされる鯖江市の交通事情も含めて、この(仮称)南越駅がどのような交通の拠点となるのか、新たに高速道路との接続という機能も持たせるのか、今後の展開が見ものです。




それでもやはり高速道路は交通の中心ではない

このように、高速道路や高速バスが通勤・通学の足となっている地域もありますが、全国的な傾向を見ると、極めて少数です。
"定時性"という問題が立ちはだかります。
さらに、高速道路は、地域政策の中で「交通機関」とはみなされていません。
地域政策と高速道路という視点も持たねばなりません。




3 高速道路に通過された地域


以前の高速道路に関する研究の課題で、「高速道路が通過(スルー)した地域に注目が必要なのでは」(過去の記事)と問題提起しました。

それについて、実際に事例はあるのかという質問を受けたので、先行文献を紹介したいと思います。


泉洋一(2014)「鳥取自動車道・松江自動車道開通の地域への影響・効果」季刊中国総研2014vol.18-4,No.69
  • 「鳥取自動車道の開通により、鳥取県東部地域が『手軽な日帰りレジャー地』として評価が高まっているようである」
  • 「一方で、鳥取自動車道のICから離れた中山間地域の観光地などでは、観光客の目立った増加がみられない、あるいは減少したところもある」
このように、高速道路の開通は、IC周辺の限定的な地域にしか効果を発揮しない可能性があります。


有田昭一郎(2014)「国道54号沿線における尾道松江線開通の影響と地域活性化の方向性」季刊中国総研2014vol.18-4,No.69
  • 尾道松江線(松江自動車道)の開通により、並行する国道54号布野-飯南町区間では、交通量が半分以下に減少
  • 国道54号沿線のロードサイドショップ(直売所・道の駅・コンビニエンスストア・ガソリンスタンド)は多少の差はあれ、売り上げが減少
  • 特に、直売所・道の駅(地域外からの来客に依存)は売り上げ減少が目立つ
  • 直売所・道の駅・コンビニエンスストアは売り上げが回復するように経営努力を行っている
  • ガソリンスタンドは商品を変えられるわけでもなく、営業努力をするのが厳しい状況
このような現状が報告されている。これをふまえて
  • このような売り上げ(顧客)減少により、店舗の撤退が起きた場合、地域住民の生活への影響が懸念される
と考察されています。


新藤博之・國遠知可(2012)「高速道路宇和島延伸で賑わう宇和島圏域の観光施設」IRC2012.7
  • 高速道路によりアクセス性が向上した観光施設では売り上げが過去最高となるなど開通効果が顕著に表れている
  • 一方で通過点となった、既存の国道56号の交通量は6割減少し、コンビニエンスストア・ガソリンスタンドでは来客数・売り上げが減少している。
このように、通過点となった既存の国道沿線の商業に負の影響を与えている。



地理学の視点が生かされる課題

ここまで紹介した「高速道路が開通して、良い影響が出る裏で、地域住民の生活基盤が失われる可能性もある」という事例は、まさに経済効果の地域差を示すものです。
この空間的な影響差こそ地理学が得意とする視点です。
地理学からの研究が望まれますし、私はこの視点で調査をしたいなと思っています。
たぶん高速道路の開通と商環境の変化は
とても複雑で一言ではまとめられない



4 GISでの分析


今年の課題であるGISでの分析
  • 農業生産と高速道路(減少する地域もあるのでは)
  • 工業出荷と高速道路(増加の地域差)
  • 企業立地と高速道路(事業所数との相関)
  • 土地利用と高速道路(高速道路ができると工業・物流への土地利用の転換が起きるのでは)
こんなところを分析しようとしましたが、PCのスペックが追いつかず。
観光客数を調べようかとも思いましたが47都道府県がそれぞれ基準を設けて公表しているため、一律な分析ができない…。

問題山積みだがまずはPCの調達から始めたいと思います。



最後にひとこと、誤解のないように

鉄道と高速道路については、
「高速道路だけが交通を担うべき」
と考えているわけではありません。

鉄道という交通機関にお金をかけずに、衰退・廃止していくのであれば、その代替手段として高速道路の活用も必要なのでは?と考えているまでです。

また、高速道路は地域の生活を守り支えるインフラですので、整備するべきだと考えています。
ただ、整備する一方で、プラスからマイナスまでどのような影響を与えうるのか、地理学の見地から分析・報告する必要があると考えています。

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