高速道路研究の4つの視点のうち、《フロー効果》《合意形成過程》《その他の視点》の3つの視点について解説したいと思います。
5.研究の視点② フロー効果の検証
#フロー効果 とは
"ストック効果"に対比されるのが"フロー効果"です。
フロー効果とは、国土交通省の定義では
とされています。フロー効果とは、国土交通省の定義では
公共投資の事業自体により生産、雇用、消費等の経済活動が派生的に創出され、短期的に経済全体を拡大させる効果
フロー効果とは『高速道路の建設によって直接生み出される経済効果』のことです。
例えば、
- 公共事業によって、建設業が潤って、地域経済が活性化した
- 高速道路建設のために雇われた建設会社への経済効果
端的に言えば上記のような効果です。
フロー効果の先行研究…?
ストック効果に対して、フロー効果は建設時期だけの一時的な効果であり、さほど研究対象とされてきませんでした。
このフロー効果については、地理学での蓄積は少ないのが現状です。
地方でのインフラ建設に関して、東大の梶田先生が継続して研究を行っており、地方でのダム建設や、地方行政の土木工事の発注の受注状況や、地方での建設会社の構造などを明らかにしてきました。近年では、原子力発電所の立地や、福島第一原発事故による地域の変化なども研究されています。
6.研究の視点③ 合意形成過程に関する研究
高速道路の整備計画
高速道路の整備の過程やネットワーク形成については、森田1991が詳しく解説をしています。森田は整備時期ごとの、国の国土整備計画と高速道路ネットワーク整備との関係に着眼しています。森田によれば、- 全国総合開発計画(1962)では、太平洋ベルト地帯を中心に工業化を進める計画
- 新全国総合開発計画(1969)では、7中核都市(札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・福岡)を結び、国土軸を形成する計画
- 第三次全国総合開発計画(1977)では、オイルショックで重厚長大から軽薄短小へシフトする中で「調和」が取り上げられ、地方都市への工業の分散による「定住構想」が計画された
- 第四次全国総合開発計画(1987)では、それまでメインに据えられていた「東京⇔地方」の交通軸に加えて、「地方都市⇔地方都市」の交流ネットワークが提唱された。
森田の解説は、第四次全国総合開発計画までですが、大都市の環状線の建設や、さらに末端の横断道と一般道を接続する道路の建設などが必要であると論じている報告もあり、現在、圏央道や各地方において高規格幹線道路の建設が進められています。
高速道路の建設は
- 全国総合開発計画において、国土軸形成の指針が示され
- 全国総合開発計画の国土軸を実現すべく「国土開発幹線自動車道建設法」によって、ネットワークが構想されます
- 上記の法律の基本計画のうち施工すべき区間が「高速自動車国道法」という法律で決められます
整備計画から合意形成へ
先ほど述べた法律で定められるのは、起点・終点・経由地の都市名のみです。
そこから具体的なルートが決められていきます。
具体的なルートが決まるまでに、鉄道忌避や誘致のような、忌避と誘致が起きているはずです。
公共事業に賛成する人がいます。
地方でよく見かける「○○道路期成同盟」だったり、原子力発電所も"原発マネー"と呼ばれる多額の交付金により利益を得ている人がいたりします。
一方で、強い反対運動が起きる場合があります。
公共事業への反対運動としては、成田空港への反対運動である成田闘争、中央道三鷹地区での反対運動…などなど。
そのような、賛成する人、反対する人と、様々な人がいる中で、どのように事業が進められるのでしょうか。
高速道路の建設が決定してから、建設されて、開通するまでの、賛成と反対の動きは、意外と誰も研究していません。大きな研究課題です。
農業協同組合の機関紙(新井1969)において、農業協同組合が高速道路建設用地の地権者となる組合員の指導役となるようにと提言がなされており、地権者会の結成等についてアンケート調査をした報告がされています。そこから具体的なルートが決められていきます。
具体的なルートが決まるまでに、鉄道忌避や誘致のような、忌避と誘致が起きているはずです。
地方でよく見かける「○○道路期成同盟」だったり、原子力発電所も"原発マネー"と呼ばれる多額の交付金により利益を得ている人がいたりします。
一方で、強い反対運動が起きる場合があります。
公共事業への反対運動としては、成田空港への反対運動である成田闘争、中央道三鷹地区での反対運動…などなど。
そのような、賛成する人、反対する人と、様々な人がいる中で、どのように事業が進められるのでしょうか。
高速道路の建設が決定してから、建設されて、開通するまでの、賛成と反対の動きは、意外と誰も研究していません。大きな研究課題です。
そのとき、地権者は?
土地の収用に関する看板(都道整備の例) |
マクロとミクロの合成の誤謬
高速道路の整備計画は、日本列島の開発を目指した全国総合開発計画というマクロな視点で策定されます。一方で、高速道路が整備される地域を見ると、地域生活への影響や、土地への愛着といった、とてもミクロな視点になります。
この、マクロとミクロのスケールの違いや、それぞれのスケールでの賛成・反対は、空間のスケールに依拠した議論であり、地理学の視点と密接に関わる視点です。
近年では、受益圏・受苦圏という概念も提唱されており、それもこの議論に応用できるかもしれません。
まだまだ道筋が描けない
地理学においては、ダム建設や干拓といった公共事業に対する環境運動などの研究蓄積がありますが、論点がまとまっておらず、高速道路の建設に関しては先行研究が全く存在していません。
高速道路建設に対して、誰が建設を推進して誰が反対をしているのか、建設に協力をする地権者と反対する地権者のそれぞれの主張や差はどこからくるのか、反対があっても建設が推進されるのはなぜか、まだまだ研究がなされていないのが実情です。
私自身、これまで最も不勉強だった分野で、今でも道筋が描けていません(笑)誰か、助けをください…(涙)
これまで不勉強だったせいで、合意形成に関する研究の流れさえわからない。— up (@g9e1o7) June 26, 2019
社会運動・環境運動と一言で言っても、賛否の空間的分布から、人のネットワーク形成から、個々人の意味付けまで、深くて広い分野だ…。(遠い目)— up (@g9e1o7) September 8, 2019
地域の合意形成って、合意形成の定義も難しいし、政策決定としての事業化と、自分の土地を売るかの地権者の判断と、あまりに隔絶していて学問としての考察が難しそうだと1日考えていた。— up (@g9e1o7) May 30, 2019
びっくりするほど、公共事業の合意形成・用地取得に関する地理学の研究って無いんだよなぁ。せいぜい環境運動の研究くらい。公共事業のインパクト研究も大事だけど、建設過程も大事なはず。— up (@g9e1o7) August 9, 2019
地理学の世界から測量の世界に入って公共事業に関わっている人は山ほどいるはずなのに。 pic.twitter.com/HSsNKrjqAT
③に関する研究って、地理学だと、再開発事業か、環境運動か、明治期の鉄道建設がメインで、それ以外のインフラ整備は少ない気がする。どなたか研究者はいらっしゃるだろうか。— up (@g9e1o7) May 29, 2019
地理学で、再開発だったりインフラ建設だったり環境保護に関する、地域内での賛否の対立や、そこからの合意形成に関する研究って絶対にあるはずだし、それっぽい話はたくさん聞くのだけれども、論文が見つからない。— up (@g9e1o7) June 28, 2019
NHKスペシャルの真備町水害のドキュメント、まさに先月行ったところ。地理学の先生のコメントがちらっと出ていた。— up (@g9e1o7) July 27, 2019
あと、用地取得・境界立会の場面が出ていて、災害対策であっても用地取得はやはり大変だよなと。
7.④その他の視点
7-1.近年に出てきた様々な視点
高速道路に関する研究の主な視点は、上記3つ「ストック効果」「フロー効果」「合意形成」の視点だと考えています。ただし、それ以外にも、以下のような研究の視点が考えられます。
- 『ストロー効果』についての研究
- 高速バスについての研究
- SA・PAと地域との連携についての研究
- 上限1000円制度、休日割引制度、地方地域の高速道路無料化といった政策の効果に関する研究
- 新直轄方式による高速道路についての研究
- 日本道路公団民営化の是非に関する研究
- 住民が抱くイメージについて
7-2.『ストロー効果』についての研究
高速道路や新幹線ができることによって、地方から人・モノ・金が都市へ吸われるという「ストロー効果」が長く取り沙汰されてきました。
しかしながら、高速道路の「ストロー効果」を検証したような報告はほとんどありません。
しかしながら、高速道路の「ストロー効果」を検証したような報告はほとんどありません。
7-3.高速バスについての研究
高速道路自体の研究ではないですが、高速バスについての研究は継続して行われてきました。
まずは高速バスの発展過程についての研究から始まっています。
まずは高速バスの発展過程についての研究から始まっています。
- 高速バスの発展過程について(韓1995; 明治大学文学部藤田ゼミナール1990)
- 高速バスの路線網が拡充されているものの、ネットワークは東京をはじめとした大都市と地方とを結ぶ放射状の構造になっている
- 高速道路を利用する空港バスの発展過程(安達2005・塚田2000)
高速バス路線の発展の結果として、
- 地方都市間の人の移動が活発になっている(石澤2001)
- 甲信越地方の都市間の高速バス路線の拡充を述べたにすぎず、路線拡充が交流人口増加につながっているかは証明されていない
地方での高速バスの利用についての実態を明らかにした研究としては、
- ミクロな地域に焦点をあてて、高速バスの利用可能性をアンケート調査により分析した研究(今野1997;1999)
- 交通空白地帯で高速バスが新たな交通手段となる可能性
があります。
7-4.SA・PAと地域との連携についての研究
泉(2014),岡村(2014)では新直轄方式による高規格道路の休憩施設と地域との連携事例が報告されています。
整備新幹線の議論で、郊外駅をいかに地域の核とするか、という議論があります。
道の駅がどのように地域の核となっているのか、地域発展のために道の駅を活用できないのか、という研究が活発に行われています。
高速道路の休憩施設でも、同様のことが言えるのではないでしょうか。
整備新幹線の議論で、郊外駅をいかに地域の核とするか、という議論があります。
道の駅がどのように地域の核となっているのか、地域発展のために道の駅を活用できないのか、という研究が活発に行われています。
高速道路の休憩施設でも、同様のことが言えるのではないでしょうか。
7-5.上限1000円制度、休日割引制度、地方地域の高速道路無料化といった政策の効果に関する研究
2000年代に入ってから、高速道路の上限1000円制度、休日割引制度、地方地域の高速道路無料化といった施策が行われてきました。
こうした政策に対する批評・分析が行われ、以下のようなメリット・デメリットが指摘されてます(IRC2010,荒井2011,岸2011,マバッザ2012)
《メリット》
《メリット》
- 地元地域ナンバーが2倍以上に増加したことから、平日の通勤・業務での利用が増加したと推測される
- 高速道路無料化は、物流コストの低下などの効果が見込まれる
- 観光客の増加が見込まれる
《デメリット》
- 高速道路無料化により、P.Allenモデルを用いた推計では、人口の減少がより大きくなると推定
- 自家用車等の利用が増加し、渋滞・事故が多く発生することで
- 高速バスの利便性が低下
- 無料化により運送業者の通行量の負担が大きい。
- 公共交通の利用者が減少し、無料化により公共交通の廃止なども起こりうる状況
- 高速道路無料化によって、高速道路で迂回される一般道の道の駅の利用者は減少した
- 消費流出による売り上げ減
高速道路の無料化政策は、先行研究では批判的なものが多く見られます。
7-6.新直轄方式による高速道路や、スマートインターチェンジについての研究
日本道路公団民営化により、有料道路事業と、新直轄事業(無料区間)とが、区別されるようになりました。
「有料」と「無料」の地域へのインパクトの差は研究対象になるかもしれません。
また、スマートインターチェンジの整備も進んでいます。
ETC限定で利用可能なスマートインターチェンジの整備により既存ネットワークの利便性を高める取り組みです。
スマートインターチェンジは、ETC限定ということで、建設費が比較的安くなりますが、そうはいっても十億円単位のお金が動きます。
この、スマートインターチェンジの追加がどれほどのインパクトを持つものなのか、全く検証されていません。
- 有料道路
- 整備が決定した高規格道路について、有料道路として通行料で建設費が回収できると判断された場合には高速道路会社が建設・運営をする。
- 無料区間「新直轄方式」
- 従来の有料道路方式では採算が取れない地方路線においては、新直轄方式として国と自治体で建設費を負担し(税金が投入され)、開通後は無料区間として供用される
「有料」と「無料」の地域へのインパクトの差は研究対象になるかもしれません。
また、スマートインターチェンジの整備も進んでいます。
ETC限定で利用可能なスマートインターチェンジの整備により既存ネットワークの利便性を高める取り組みです。
スマートインターチェンジは、ETC限定ということで、建設費が比較的安くなりますが、そうはいっても十億円単位のお金が動きます。
この、スマートインターチェンジの追加がどれほどのインパクトを持つものなのか、全く検証されていません。
7-7.日本道路公団民営化の是非に関する研究
交通分野を見てみると、この規制緩和や民営化を受けて
- 路線バスの規制緩和(井上2005;2006,佐藤2007)
- 鉄道の地方路線の第三セクター化(𡈽谷2013)
高速道路も日本道路公団から高速道路会社(いわゆるNEXCO)へと民営化が行われました。この民営化の是非や、民営化が与えた変化は研究されていません。
7-8.住民が抱くイメージについて
高速道路の開通によって、住民の人が高速道路に対してどのようなイメージを持つのかを研究した先行研究があります(藤目1984,藤井1998)アンケート調査や、定性的評価を定量的に把握するための方法論になりがちですが、産業への影響や、行政の評価など、地域全体への影響を論じる前提として、住民が抱く一次的な評価が分析されてもいいかもしれません。
参考文献
韓柱成1995. 日本における長距離高速バス路線網の発達. 季刊地理学47-3:203-211明治大学文学部藤田ゼミナール編1990. 長距離バスの現状と展開について―第三の交通体系『明治大学文学部藤田ゼミナール地理学実習報告書』
安達常将2005. 羽田空港直行バス網の拡大とその要因. 人文地理57(2):173-194
塚田悟之・高田邦道2000. 等時線図による空港アクセスの評価. 経済地理学年報46(2):157-175
石澤孝2001. 北陸地方における高速道路網の整備と都市間連携. 運輸と経済61-11:40-
今野恵喜1999. 高速道路沿線住民の交通特性と高速バス利用可能性について. 交通学研究. 1999年度研究年報
今野恵喜・徳永幸之. 東北地方における高速バスの運行実態と活性化方策について. 土木学会土木計画学研究・論文集14(10)
今野恵喜他1997. 高速道路沿線住民の交通特性と高速バス利用可能性. 土木学会東北支部技術研究発表会. 平成9年度
泉洋一2014. 鳥取自動車道・松江自動車道開通の地域への影響・効果 (特集 高速道路を活用した地域活性化). 季刊中国総研 18(4):1-12
岡村幸雄2014. 松江自動車道開通が生み出した小さな経済循環. 季刊中国総研 18(4):13-20
藤目節夫1984. 国道56号線改築の南予地域へのインパクトとその構造分析. 愛媛大法文学部論集17
井上学2005. 自治体が供給するバス交通サービスとその地域特性―関西地方を事例として. 経済地理学年報51(3)
井上学2006. 規制緩和に伴う新規参入事業者と公営バス事業者の対応-京都市を事例として. 地理学評論79(8)
佐藤正志2007. 規制緩和に伴う公共交通政策の転換―岐阜市のバス事業民間譲渡の事例. 経済地理学年報53(2)
𡈽谷敏治2013. 地方鉄道第三セクター化の課題―ひたちなか海浜鉄道の事例. 経済地理学年報59(1)
IRC2010. 南予の高速道路無料化社会実験の影響-全体の交通量を2割底上げ、地元車、軽自動車・貨物車は2倍以上に-. IRC調査月報267:8-10
荒井征人2011. 都市間高速バスにおける高速道路無料化社会実験の影響. 運輸と経済 71(9):65-72
岸邦弘2011. 道東自動車道が北海道の交通ネットワークにおいて果たす役割. 運輸と経済 71(9):34-
マバッザ=ダニエル・菊池光貴・有村幹治・田村亨2010. 高速道路無料化がもたらす人口移動に関する研究. 都市計画(別冊 都市計画論文集)45(3):121-126
新井義雄1969. 高速道路と農業―調査結果を中心に考える. 協同組合経営研究月報194:26-39
藤目節夫1984. 国道56号線改築の南予地域へのインパクトとその構造分析. 愛媛大法文学部論集17
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以上で「ストック効果」「フロー効果」「合意形成」「その他の視点」を概観してきました。
次回は、高速道路研究の4つの視点をふまえて、今後の方策をまとめたいと思います。
なお、ブログに記載の内容は全て、学術研究の一環として、個人的に課題意識をもって勉強してきた内容で、特定の機関の意見等ではございませんので、誤解のないようにお願いいたします。
本記事の内容を使用する際にはご一報ください。
(令和元年12月1日)
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