前回の記事はこちら→「研究テーマを語る① 私の課題意識」
前回の記事では、高速道路を地理学の視点から語る上での視点を、大きく分けて4つに分けました。
そのうちのメインテーマである「ストック効果」について、解説していきたいと思います。
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国土交通省によるインフラ効果の定義 |
4.高速道路のストック効果とは
高速道路の地域への影響を研究する上で、最も注目されるのは『ストック効果』と呼ばれる影響です。
先行研究では『ストック効果』が一番研究されています。
また、世間一般でも、「高速道路についての研究」と言えば『ストック効果』を指すことが多いと思います。
この『ストック効果』とは、国土交通省のHPでは以下のように定義されています
これまでの地理学での研究では「高速道路が開通したことによって地域にどのような変化が起きたのか」が研究されてきました。この"変化"こそ、国土交通省の定義する"ストック効果"になります。先行研究では『ストック効果』が一番研究されています。
また、世間一般でも、「高速道路についての研究」と言えば『ストック効果』を指すことが多いと思います。
この『ストック効果』とは、国土交通省のHPでは以下のように定義されています
整備された社会資本が機能することによって、整備直後から継続的に中長期にわたり得られる効果。安全・安心効果、生活の質の向上効果、生産性向上効果この定義だと、少々分かりづらいですが、
- 高速道路によって輸送時間が減少して、出荷額が増加した
- 災害時に高速道路によって救援が容易になった
- 地方から都市へ通いやすくなったことで、生活の質が向上した
今回の記事では、高速道路のストック効果に焦点をあてて
- これまでの先行研究(過去の研究)ではどのようなことが言われてきたか
- 研究すべき課題は何か
ストック効果については、これまで分野別に研究されてきたので、分野別に紹介したいと思います。
4-1.分野別ストック効果① 農業
輸送時間の短縮、より遠くの市場へ。
高速道路の農業への影響として、まず挙げられるのは、農作物をより遠くへ輸送できるようになったことです。
- 生産地から消費地までの輸送時間が大幅に短縮(久保田1986など)
- 荷痛み軽減
この2点によって、遠方の市場への出荷が可能になりました。
農作物が遠方に輸送されるようになった現象は"出荷元"と"出荷先"の2つの場所を見る必要があります。
出荷元(生産地)からみた事例としては
- 東北地区向けであった岩手県産キャベツが京浜地区に出荷可能となった事例(藤井1996)
- 三大消費地向けであった長野県産野菜が全国に出荷されることになった事例(藤井1996)
農産物が集まる市場から集荷元をみた報告としては
- 昭和40~42年と、昭和61~63年を比べると、東京中央卸売市場の野菜受荷高において、より遠方産地の野菜の割合が増加している(佐野1990)
- 東京中央卸売市場の野菜の受入先が、首都圏・高知県が中心だったものが、遠隔県も増加しているとの報告(久保田1986)
以上のように、出荷先・出荷元、両方を見ても、農産物の流通が広域化がわかります。
こうして遠方からの輸送が可能になったことにより、
- 農産物が季節を問わず市場で取引できるようになる周年化(久保田1986;藤井1996)
- 流通の広域化による市場間価格差の平準化(藤井1996)
という効果が報告されています。
ただし、これが一概にプラスな作用なのかと言えば、そうでもないかもしれません。
- それまでは出荷していなかった市場へ出荷できるようになり、シェアを拡大した生産地がある(藤井1996)
- 一方で、他の市場にシェアを奪われ、シェアが減少した生産地もある。
端的に言えば、全国が同じ土俵に立ったことで、産地間競争が激化しているのです。
具体例として、
- 福島県のキュウリ生産は日本一であったが(坂本1974)
- 京浜市場にキュウリを出荷していた福島県のシェアが、後発産地の岩手県のシェア拡大により減少したという報告があり(滝沢1984)
- 福島県のキュウリは大阪市場まで出荷されるようになった(西村1970)
こうした産地間競争の激化を背景にして、
- 計画化・組織化による市場銘柄確立が不可欠(武藤1980)
- 高速道路の延伸と相関して指定産地が増加との報告(久保田1986;藤井1996)
- 過剰な規格化や流通の輻輳化による社会全体のコスト増加が起きているのではないか(滝沢1984)
という指摘がされています。
ところで、高速道路がどれほど使われているのか?
農産物の流通に関する事例を考える際に1点注意したい点があります。「農産物の輸送に高速道路が利用されているのか」という点です。
高速道路では通行料金がかかることから、農作物の輸送で高速道路が利用されないのではないかという指摘が多くあります。
- 中央道沿線を対象にアンケートを実施したが、農家の高速道路利用において、農産物の輸送などで使われている例は少なく、日常のレジャーや知人親戚への訪問での利用が主であるとの報告(宮坂1980)
- 高速道路により時間短縮できても、市場で有利になるほどの時間短縮ではないとの指摘(林ほか1976)
- トラック輸送において、積み荷が要冷蔵品以外であった場合には高速道路利用と相関が見られないという指摘(※)(関谷ほか2011)
また、高速道路の通行料金を生産者・農協・仲買業者のうち、誰が負担しているのかという点も明らかにされていません。
農業の生産環境の変化―土地利用もそうだし、労働力にも着目を
高速道路整備の農業への影響として第二に挙げられるのは、都市化による生産環境の変化である。
高速道路が整備されることによる他地域からのアクセス向上によって、工場や商業施設が増加します。
物理的な農地の転用もそうであるが、見逃してはならないのが、
- 直接的には、農地が工場、商業施設や住宅地へと転用され、農地が減少するという影響が予想され(武藤1980;新井1970)、李(2007)により甲府盆地を事例に実例の研究報告がなされている。
- 高速道路建設により地価が高騰することで、農地の拡大も容易でなくなるという指摘もあります(武藤1980)
物理的な農地の転用もそうであるが、見逃してはならないのが、
「工場や商業施設という雇用の場が創出されることにより、兼業農家が増え、生産性が低下するのではないか」
という予想です。
という予想です。
- 兼業が可能になったことを好意的に論じている報告(西村1970)
- 農外雇用機会が増大することで、農地が資産保有的形態となり、基幹農家の育成が難しくなると、農業振興からみてマイナスの影響を予想(林ほか1976)
- 稲作地域は工場用地としての利用価値が高く、工場用地に転用されやすいと指摘(辻1980)
- 山村では労働力の流出により生産性が下がっているものの、高速道路といった交通利便性のある山村では、近くの都市に住む子弟が農業の手伝いに来るため、耕作放棄には至らないとの指摘(庄子2015)
農業以外の雇用の機会を、プラスととらえるべきか、マイナスととらえるべきか、意見が分かれるところです。
農業形態・生産作目の変化
こうした状況の中で、農業の形態も変化しています。
- 都市から離れた地域でも都市近郊農業が可能になったり(武藤1980;西村1970)
- 観光農業が行えるようになったり(武藤1980;西村1970;小林1982)
- 直売所が増加したり(小林1982)
- 稲作と比較して野菜・果実・畜産といった農業形態は、都市化が進行する中でも都市適応型農業として生産活動が維持できる可能性を内包しているとの指摘(辻1980)
- 首都圏を対象に分析を行い、「高速道路出入り口数は当該地域自体の係数もラグ項の係数も負で有意であり、これは交通インフラが整備されている地域では、遠隔地の農業サービス需要を多角化で取り込むよりも、交通インフラを利用した遠隔地への朝採り野菜配送などの事業形態が選択されていると推察される。」との分析(吉田ほか2019)
- 高速道路が整備されている地域においては、多角化という戦略を取らず、遠隔地への輸送・朝どれ野菜の輸送などで優位性を確保しようとしているとの指摘である。あくまで推測の域をでないことに留意が必要であるが興味深い分析である。
あくまでもこのような形態変化・作目転換は、「適地適産」が前提となりますが、その中でどのような変化が起きているのか、研究が必要でしょう。
結局、農業生産は増加したのか?
以上のように、高速道路整備の農業への影響が論じられる中で、統計的に影響を分析した先行研究が存在します。
- 高速道路開通により、農業生産が増えたとする報告
- 小林(1982)は飯田・下伊那の中央道沿線地域を対象として統計を分析し、耕地面積は県平均を上回る減少をしているが、キュウリ・トマト・ピーマン・モモ・ウメ・リンゴ・ナシ・イチゴ・生乳の各品目について、生産量が増加し、域外への出荷が大幅に増加したと報告している。
- 猪原ほか(2015)は、明石海峡大橋開通後の徳島県の農業出荷額を分析しており、明石海峡大橋開通後に徳島県から関西への野菜出荷額が急激に増加したと報告している。
- 高速道路開通により農業生産が減ったとする報告
- 北海道を対象に、高速道路沿線自治体の農業生産額を分析しているが、高速道路開通後には沿線自治体の農業生産額は減少し、年数を経るごとに減少幅が大きくなると報告している。(要藤ほか2016)
- 高速道路整備によりインターチェンジ周辺では農地が工場・商業施設・住宅に転用されるとの研究もある。
- 高速道路のインターチェンジへのアクセス時間が1分短くなるごとに、2.1%の農業出荷額の増加(佐藤ほか2012)
高速道路に備えて―政策論
こうした高速道路整備の農業への影響に対して、行政や農協の適切な農業政策の必要を論じた先行研究が多くあります
主な政策論としては、
- 都市的土地利用の規制の必要性を説いたもの(林ほか1976;新井1969;新井1970)
- 農業にとって良好な環境を守るべく、工場等の立地を規制する政策を説いたもの
- インターチェンジ近傍に、集出荷センターを建設して、高速道路を利用した集出荷合理化を図るべきとするもの(林ほか1976;西村1970;赤嶋ほか1970)
多くの地域で農村地域が都市化し、地方の卸売市場は統廃合が進んで大都市圏の中央卸売市場に流通が集中する傾向にあります。
水産業について
なお、水産業に関する研究が一切ありません。であれば、高速道路開通によるメリットを最も享受しているはずですが、水産業に関する研究が一切ないのはなぜなのか、とても気にかかります。
農業について―小括
高速道路の整備により「時間短縮」が起きたことは事実ですが、それのメリットを全農家・全地域が享受できたのか明らかにされておらず、研究課題です。農業分野参考文献
久保田健治1986. 高速道路の経済効果-1-農業・水産業. 高速道路と自動車29(7):54-57藤井精樹1996. 高速道路が農業に及ぼす影響に関する調査の結果概要. 道路664:41-46
佐野治久1990. 高速道路と地域社会. 日本オペレーションズ・リサーチ学会35-9:501-509坂本英夫1975. 福島県におけるキュウリの産地形成. 経済地理学年報20-2:43-60
滝沢昭義1984. 物流再編と農産物市場―自動車化・高速化の進展下における東北地方野菜産地の事例―. 農産物市場研究19:1-13
武藤和夫1980. 高速自動車道整備の地域農業へのインパクト―とくに中央自動車道沿線地域を中心とする. 農村研究50
宮坂正治1980. 中央高速道と地域の変化. 地理25(12)
林春雄・長尾光博1976. 道路開発と農業の対応について. 農業土木学会誌44-2:73-78
関谷浩孝・上坂克巳・小林正憲・南部浩之2011. 輸送品の特性と貨物車の高速道路利用率との関係. 土木学会論文集D3 (土木計画学) 67-5 (土木計画学研究・論文集第28巻):I769-I777
新井義雄1970. 農業側の対応. 高速道路と自動車13(8):22-26
李虎相・水谷千亜紀2007. 甲府盆地における高速道路建設にともなう土地利用と地域構造の変容. 地域研究年報29:11-20
辻雅男1980. 都市化と土地利用―中央自動車高速道路を対象にして. 農林統計調査 30(7):10-21
庄子元2015. 福島県西会津町における耕作放棄の抑制メカニズム. 季刊地理学66(4):284-297
小林道男1982. 長野県飯田・下伊那地区にみる地域農業と高速道路(高速道路の利用実態と意見-1-経済活動のなかの高速道路). 高速道路と自動車 25(6):47-50
吉田真悟・八木洋憲・木南章2019. 都市農業における事業多角化の促進要因―関東地域の市区町村レベルデータを用いた空間計量分析―. 地域学研究
猪原龍介・中村良平・森田学2015. 空間経済学に基づくストロー効果の検証~明石海峡大橋を事例として~. RIETI
要藤正任・吉村有博2016. 社会資本によるスピルオーバー効果と地域経済成長―市町村データを用いた高速道路整備効果の実証分析―. KIER Discussion Paper(邦文版)1603
佐藤慎祐・藤井聡2012. 高速道路整備の地域産業への影響に関するパネル分析. 土木計画学研究・講演集46-199
新井義雄1969. 高速道路と農業―調査結果を中心に考える. 協同組合経営研究月報194:26-39
赤嶋昌夫ほか1970. 高速道路は農業をどう変えるか―東名高速道路の沿線調査に関連して. 協同組合経営研究月報203:44-63
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次回の記事では、ストック効果のうちでも
- 工業
- 観光業
- 小売業
- 企業の営業活動
- 卸売・物流
- 土地利用の変化、都市構造の変化
なお、ブログに記載の内容は全て、学術研究の一環として、個人的に課題意識をもって勉強してきた内容で、特定の機関の意見等ではございませんので、誤解のないようにお願いいたします。
本記事の内容を使用する際にはご一報ください。
(令和元年12月1日)
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